ミラノ五輪でフィギュアスケート女王に輝いたアリサ・リウ。その笑顔を見た瞬間、昭和世代のSNSがざわついた。「あれ……誰かに似てる」。そう感じたのはあなただけじゃないんですよ。
そもそもアリサ・リウって何者?金メダルへの道のり
まず前提として、アリサ・リウがどんな選手かを押さえておきましょう。2026年2月19日、ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート女子フリーで226.79点を叩き出し、ショートプログラム3位から逆転で金メダルを獲得した20歳のアメリカ人選手です。
日本の坂本花織(銀メダル・224.90点)、中井亜美(銅メダル・219.16点)をわずかに上回っての頂点。正直、「くー!惜しい!」と悔しさを噛みしめた日本のフィギュアファンも多かったはずです。
でも、そのアリサ・リウの表彰台での笑顔を見た瞬間——「えっ、この人……誰かに似てない?」という声が日本中のSNSで爆発することになるとは、いったい誰が予想したでしょう(笑)。
16歳で引退→復帰→五輪金メダルという驚異のドラマ
アリサ・リウのここがすごい。2005年生まれ、父は中国四川省出身で天安門事件に関わりアメリカへ亡命した弁護士という、すでにして映画みたいな出自なんですよね。
スケート界では2019年に弱冠13歳で全米選手権優勝という「天才少女」伝説を作り、2022年北京五輪に16歳で出場して6位入賞。続く世界選手権で銅メダルを獲った直後、なんと突然の引退宣言。「え、それで終わり!?」と当時のファンは目が点になったはずです。
しかし約1年のブランクを経て2024年3月に電撃復帰。UCLAで心理学を学びながらエベレスト登山まで経験し、人間として太くなって帰ってきたリウは、復帰から2年もかからず五輪の頂点に駆け上がりました。人生、何がどうなるかわからないものです。

SNSが爆発!「誰かに似てる」正体はアン・リウス?
さて本題です。ミラノ五輪の中継を見ていた昭和世代——特に40〜60代の人たちが、口を揃えてSNSに書き込み始めました。
「アリサ・リウちゃんが誰かに似てるなー、誰だったかなーとずっと思っていた結果、若かりし頃のアン・ルイスさんだと気づいた」
「誰かに似てると思ってたけどアン・ルイスさんに激似!」
「アン・ルイスを語り出すと年齢バレちゃうからさ」← これ正直すぎて笑いました。
「笑顔とリアクションがデビュー当時の若い頃のアン・ルイスに見えてきました」
確かに言われてみると、チャーミングで生き生きとしたあの笑顔……なんとなくわかる気がするんですよね。
本人公認!アン・ルイスの息子・美勇士氏が確認した結果
「似てる」話には、思わぬ続きがありました。アン・ルイスの長男でミュージシャン・俳優の美勇士氏が、自身のSNSで衝撃の報告をしたんです。
「フィギュアスケートで金メダル取ったアメリカのアリサ・リュウちゃんがアン・ルイスに似てると話題になったので、アンさんに写真送ったら『かなり似てるね!』と本人も納得していた事をここに報告します」
本人が「かなり似てる」と認めた——これはもう公式認定というやつです。フォロワーからは「公認ですね!」「やっぱり、そうだよね!」と盛り上がりを見せ、ネット上はちょっとしたお祭り状態になりました。
ちなみに美勇士氏はThreadsでアリサ・リウの写真を載せながら「アン・ルイスに似てますか? みなさんどう思う!?」とフォロワーに問いかけたとのこと。これ、息子さんが一番楽しんでたんじゃないかと思うんですよね(笑)。
アン・ルイスとはどんな人物?若い世代向けに徹底解説
「アン・ルイス?誰それ?」と思った若い方、これが知ると絶対ハマる伝説の歌手なんです。
ハーフ、神戸生まれ、14歳でスカウト
アン・ルイスさんは1956年6月5日、神戸市生まれ。父はアイルランド系アメリカ人(アメリカ海軍の軍人)、母は日本人というハーフです。アリサ・リウも中国系の父を持つというところで、「ハーフ同士」という共通点があるのは面白いポイントですよね。
幼少期から横浜のアメリカ海軍住宅街「ベイサイドコート」で育ち、英語をFirst Languageとして「日本の中のアメリカ」という環境で成長しました。3〜4歳の頃にはすでにモデルやCMに出演していたというから、生まれながらのエンタメ人です。
そして1970年、14歳のとき横浜の外国人墓地を散歩中に作詞家・なかにし礼にスカウトされ、1971年に「白い週末」でデビュー。……散歩中にスカウトってどういう星の下に生まれてるんでしょう(笑)。
「歌謡ロック」の開拓者として日本の音楽史に刻まれた人
最初はアイドル歌謡でスタートしたアン・ルイスさんでしたが、1974年の「グッド・バイ・マイ・ラブ」が公称50万枚の大ヒットを記録。その後ロック路線に転換し、1980年代には伝説的なヒット曲を連発します。
代表曲を並べると……
| 年 | 曲名 | 備考 |
|---|---|---|
| 1974年 | グッド・バイ・マイ・ラブ | 50万枚ヒット |
| 1982年 | ラ・セゾン | 作詞:三浦百恵、作曲:沢田研二 |
| 1984年 | 六本木心中 | カラオケ定番曲として今も人気 |
| 1986年 | あゝ無情 | 歌謡ロックの金字塔 |
| 1989年 | WOMAN | 名曲の誉れが高いミディアムバラード |
シングル累積セールス200万枚超、ベスト盤累積100万枚超という数字は、当時の歌謡界においていかに存在感があったかを物語っています。
しかも「ラ・セゾン」の作詞は三浦百恵(山口百恵)、作曲は沢田研二というスーパースターとのコラボ。これって現代で言えば「星野源が作って宇多田ヒカルが詞を書いた」みたいな感覚でしょうか。すごすぎます。
彼女が「歌謡ロック」と自ら称した音楽スタイルは、チェッカーズや吉川晃司、桑田佳祐らとともにロックと歌謡曲の垣根を壊した先駆者として音楽史に刻まれています。今のJ-POPのルーツのひとつとも言えるんですよね。

引退までの波乱万丈な人生
プライベートも波乱万丈でした。1980年にロック歌手・桑名正博さんと結婚し、翌1981年に長男・美勇士(ミュウジ)さんを出産。育児のため一時活動休止しますが、1982年に復帰。1984年に離婚後はよりロック色を強めていきます。
1990年代にはパニック障害を患い、自ら記者会見で公表して活動を休止。父の故郷アメリカへ移住しましたが、2005年に音楽活動を再開しました。そして2013年、元夫・桑名正博さんと長男・美勇士さんとの親子3人共演CDをリリースをもって、完全引退を発表。
現在69歳。ロサンゼルス在住とのことです。
ふたりの"意外すぎる共通点"を比べてみた
アリサ・リウとアン・ルイス、単に顔が似てるだけでなく、並べてみると「これは運命的では?」と思えるような共通点がいくつかあるんですよね。
①「ハーフ」という出自と、その独特のオーラ
アリサ・リウは中国系の父とアメリカ人の母という出自(技術的には卵子提供・代理母出生ですが)、アン・ルイスはアメリカ人の父と日本人の母というハーフ。どちらも「文化の交差点」に立った存在なんです。その混血ならではの個性的な容姿と、どこか自由で独特のオーラは、確かに重なって見えますよね。
②「引退→復帰」という人生のドラマ
アリサ・リウは16歳で一度引退を表明してからの電撃復帰。アン・ルイスはパニック障害での活動休止を経ての復活。「一度は離れた世界に再び戻る」という人生のドラマを、両者ともに経験しているのは偶然とは思えません。
③ 周囲を圧倒する「個性」と「自由さ」
虎柄ヘアに前歯のアクセサリー、黄金の衣装……アリサ・リウのあのビジュアルは誰に言われたわけでもない、完全に「自分で決めたスタイル」ですよね。アン・ルイスさんも自身でステージ衣装をデザインし、キャンディーズの衣装まで手がけたほどのファッション感覚の持ち主。「他の誰にも似ていない自分」を表現するという点で、ふたりは確かに同じ種族なのかもしれません。
④ 笑顔のチャーミングさ
実はここが一番の「似てる」ポイントとして挙げる声が多い。目が細くなって、全力でうれしさを表現するあの笑顔。「激似ではないけど、雰囲気は近い」という意見が多かったのは、顔のパーツというより、この「笑顔のエネルギー」が似ているからでしょう。
「アン・ルイスを語ると年齢バレ」問題について(笑)
今回のSNSの反応で最も共感を呼んだのが、「アン・ルイスを語り出すと年齢バレちゃうからさ」というコメントでした。これ、言った人、正直すぎて好きです(笑)。
アン・ルイスさんが全盛期だった1980年代、最もリアルタイムで楽しんでいたのは当時10〜20代だった人たち——つまり現在50〜60代の方々が中心ですよね。「六本木心中」や「あゝ無情」をリアルタイムで聴いていたとカミングアウトすると、自動的に「昭和世代」とバレてしまうわけです。
でも待ってください。最近の昭和歌謡・シティポップブームで、20〜30代の若い世代にもアン・ルイスの楽曲は再発見されています。相川七瀬がカバーした「六本木心中」、デーモン小暮バージョンも話題になりました。今回のアリサ・リウ騒動を機に、若い世代が「六本木心中」を聴いて「えっ、めちゃくちゃかっこいい!」となってくれたら、こんな嬉しいことはないですよね。
アリサ・リウを機に「アン・ルイス入門」するなら?
せっかくなので、今回アン・ルイスを初めて知った方向けに、まず聴いてほしい曲を紹介しましょう。
まず「六本木心中」(1984年)。カラオケの定番として知られ、疾走感あふれるロックサウンドに、ちょっとハスキーな歌声が乗っかるあの感じは、一度聴いたら忘れられません。私が初めて通しで聴いた時、「なんでこんなにテンション上がるんだろう」と思ったものです。Spotifyでもサブスクで聴けますよ。
次に「WOMAN」(1989年)。こちらはミディアムテンポで、じっくりと女性の強さを歌い上げる一曲。六本木心中のイメージとはまた全然違う、アン・ルイスの懐の深さを感じられます。
そして「グッド・バイ・マイ・ラブ」(1974年)。デビュー間もない頃の大ヒット曲で、今聴いても色あせない美しいバラード。若い頃のアン・ルイスの声がどれだけみずみずしいか、これを聴けば「あ、アリサ・リウに似てる!」がより実感できるかもしれません。
まとめ:時空を超えた「似てる」は最高のロマン
「似てる」という話題は単純なようで、実はとても豊かな物語を持っていますよね。
アリサ・リウとアン・ルイスというふたりの女性——時代も国籍も異なる——が、「オリエンタルな顔立ち」「個性的すぎるスタイル」「笑顔のエネルギー」という点で共鳴し合い、昭和世代が40年分の記憶を呼び起こす——。フィギュアスケートがこんな形で昭和音楽史と繋がるなんて、ミラノ五輪が生んだ最大のサプライズかもしれません。
「アン・ルイスを語ると年齢バレる」って心配しなくていいと思いますよ。むしろ「この選手からアン・ルイスを知った」という若い世代が増えているなら、それは最高にカッコいいことじゃないでしょうか。
アン・ルイスさん本人も「かなり似てるね!」と笑顔で認めてくれたこの縁、ちょっと素敵だと思いませんか。


