川口葵は武尊の嫁さん|WINTICKETのコマーシャルに出演している女性

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兵庫県の明石市から、夜行バスで何度も東京に通いながら夢を追い続けた女性がいます。 芸能事務所への応募を繰り返し、それでも諦めずにいたら、ある番組への出演がすべてを変えた。

川口葵さんのことです。

「ボンビーガール史上最大級の美女」と呼ばれ、一夜にしてSNSのトレンド入りを果たした彼女。いまでは女優・モデル・アパレルブランドのディレクター、そして2025年には格闘家・武尊さんとの結婚まで報じられました。

神戸の近く明石?ボンビー??お嬢様や無いん?

「最近よく見るけど、川口葵ってどんな人?」という方も多いはず。この記事では、競合記事が意外と触れていない"上京前の苦労話"や武尊さんとの馴れ初めの詳細、アパレルブランドへの本音まで、できるかぎり深堀りしてまとめました。


シェアハウスの良いとこ悪いとこ


目次

川口葵のプロフィール|基本データ

項目内容
本名川口 葵(かわぐち あおい)
生年月日1998年11月26日
出身地兵庫県明石市
身長158cm
血液型A型
所属seju
職業女優・タレント・モデル・クリエイティブディレクター
趣味料理・自炊・韓国ドラマ鑑賞
特技絶叫系(真顔)・鉄棒・書道(6段)
格闘家・武尊

書道6段(ひぇ〜六段…スゲ〜)というのが個人的にかなり意外でした。透明感あふれるビジュアルとのギャップが、また魅力的なんですよね。


上京まで何があった?知られざる苦労の5年間

「ボンビーガール出演後すぐにデビューした」と思っている方も多いんですが、実はそうじゃないんです。

川口葵さんが芸能の世界に興味を持ったのは、幼稚園のころ。母親がキッズモデルの募集に応募し、可愛い洋服を着て撮影したことがきっかけでした。「あの感覚が忘れられなかった」と後のインタビューで語っています。

そして高校生になり、本格的に女優を目指して動き始めます。2015年にはフジテレビ主催の「お台場夢大陸Presents DMGオーディション」に挑戦し、応募者3000人の中からファイナリスト8名に選出。この時点でかなりのポテンシャルがあったわけです。

でもそこから、事務所には長く入れませんでした。

地元の兵庫で契約社員として働きながら上京資金を貯め、夜行バスで東京に通ってオーディションを受け続ける日々。ボートレース場の受付スタッフとして働いていた時期もあったといいます。その間に受けた芸能事務所のオーディションは、なんと100社以上。

100社。この数字を見たとき、正直「そんなに受けられるものなのか」と驚きました。普通なら心が折れそうですよね。でも川口さんは諦めなかった。

2018年にはファッション誌「SPRiNG」×SHOWROOMのオーディションでSPRiNG賞を受賞し、誌面にも登場。2019年にはSTU48の2期生オーディションにも参加しましたが、最終審査には残れませんでした。

それでも上京を諦めず、2020年春についに東京へ。その後に訪れた『ボンビーガール』への出演が、すべてを変えることになります。


ボンビーガールで何が起きたのか?SNS爆発の一夜

2020年6月2日放送。この日、川口葵さんが「上京ガール」コーナーに登場しました。

兵庫の明石市から、女優を夢見て上京する23歳。家賃55,000円以下・渋谷から40分以内という条件で物件を探す姿が放送されたのですが、その翌日から「川口葵」がSNSのトレンドに入り始めます。

「ボンビーガール史上最大級の美女」「かわいすぎる上京ガール」──こういった言葉がSNS上を飛び交い、彼女のインスタグラムのフォロワーが一晩で数万人増えたといいます。

なぜそこまで話題になったか。見ていた方ならわかると思うんですが、「テレビ映えするだけの美女」じゃなかったからだと思うんです。長年の苦労を経て、それでも緊張しながらまっすぐに夢を語る姿。作っていない表情。そのリアルさが、視聴者の心に刺さったんでしょうね。

武尊さんも後のインタビューでこう語っています。「テレビとの差がなかったので、本当に嘘がつけない人なんだろうなと思った」と。ファンだけじゃなく、未来の夫も同じことを感じていたわけです。

同年7月には所属芸能事務所が決まったことも番組内で報告され、長かった下積みにようやく終止符が打たれました。


現在の活動|女優・グラビア・CM・ブランドまで

ボンビーガール出演後、川口葵さんの活動は急速に広がっていきます。

グラビア・写真集

2020年8月、『週刊プレイボーイ』でグラビアデビュー。以降、FRIDAY・週刊ヤングジャンプなど多数の雑誌に登場し、2023年12月には1st写真集『あおいのすがお。』(講談社)を発売しています。

ドラマ・映画出演

  • 2020年:読売テレビ『極主夫道』
  • 2021年:映画『ショコラの魔法』(中川凛子役)
  • 2022年:TELASAオリジナルドラマ『おるおるオードリー』
  • 2024年:フジテレビ金9ドラマ『ビリオン×スクール』(柄本真紀役)

特に『ビリオン×スクール』は山田涼介さん主演の注目作で、川口さんはここで女優としての存在感を一段と高めました。

CM・広告

現在メインで起用されているのがWINTICKETのWebCM。ほかにもアベイル(しまむらグループ)のレギュラーモデル、花王「Biore 瞬感ミストUV」、TENTIAL「BAKUNE」、WEGOなど多数のブランドと契約しています。

バラエティ・情報番組

2021年のABEMA『恋とオオカミには騙されない』への出演では、10代・20代の女性ファンを中心に人気が急増。2025年はフジテレビ『ぽかぽか』や『突然ですが占ってもいいですか?』にも出演しています。


アパレルブランド「LA VIE ELU」への本音

2022年2月、川口葵さんはアパレルブランド「LA VIE ELU(ラ・ヴィ・エル)」を立ち上げ、クリエイティブディレクターに就任しました。

ブランド名はフランス語で「選択できる人生」を意味します。

このブランドの特徴はユニセックスデザイン。「好きな服や着こなしに性別は関係ない」というコンセプトで、ビッグシルエットやメンズライクなアイテムを展開しています。

川口さん本人がこのコンセプトに込めた思いが、個人的には刺さりました。「女の子らしい服しか着たことがない人は、ビッグシルエットに挑戦してほしい。自分の人生は、自分で選択できるから」という言葉です。

上京して初めてメンズライクな服を着てみたとき、「あ、これが自分だ」と感じた経験があるそうで、そのリアルな発見がブランドの根っこにある。単なる芸能人プロデュースブランドとは、ちょっと違う空気感があります。


武尊との結婚|馴れ初めからプロポーズの裏話まで

2025年7月29日。この日は武尊さんの34歳の誕生日でした。その日に、二人は揃って結婚を発表します。

出会いは5〜6年前

二人の出会いは「共通の知人からの紹介」。川口さん自身はその時点で武尊さんが格闘家だとは知らなかったといいます。武尊さんも川口さんのことを「テレビで見たことがある程度」だったそうで、意外にもフラットな出会いだったんですよね。

食事会で顔を合わせて以来、共通の知人を交えながら少しずつ交流が深まっていきました。川口さんが試合観戦に足を運んだことが転機となり、リング上で命をかけて戦う武尊さんの姿に強く惹かれていったとのこと。

FRIDAYの報道と「友人」発言

2023年5月、FRIDAYが二人の"熱愛スクープ"を報じます。武尊さんのジムを訪れる川口さんの姿が撮られたもの。

このとき武尊さんはメディアの直撃に対し「付き合ってはいない。料理や洗濯をしてくれる大事な友人です」とコメント。ただ、ネット上では「それってもう恋人じゃ…」という声が大半でした(笑)。

その後もインスタライブへの「チャンピオンベルトの映り込み」「同じカーテン」など、さまざまな"匂わせ"がファンに発見され続けます。

ディズニーランドでのプロポーズ

プロポーズは川口さんの誕生日に行われた東京ディズニーランドでのこと。武尊さんは婚姻届をあらかじめ自分の欄まで記入し、1日中服の中に隠していたそうです。

川口さんは「婚姻届がちょっと湿っていましたね(笑)」と語り、「それ以上に、自分のことを考えて準備してくれていたのかなって思ったら嬉しかった」と振り返っています。

武尊さんらしい不器用で、でも誠実なプロポーズ。なんかこれ、すごくいいなと思いました。

結婚式は2025年10月9日

7月の入籍発表後、10月9日には東京・八芳園で結婚式・披露宴が行われました。川口さんは和装姿で報告し、「大切な人たちに囲まれて、幸せな一日になりました」とコメントしています。


武尊のうつ病・休養期間を支えた話

結婚報告だけじゃなく、二人のエピソードで特に印象的だったのが、武尊さんのうつ病・パニック障害の時期の話です。

2022年、那須川天心選手との一戦に敗れた後、武尊さんは長期休養を発表。本人は「K-1を全部背負ってやっていたので、全部終わった。人生終わりだなって気持ちになった」と語っています。

そのとき川口さんがかけた言葉は、特別なものじゃなかった。「ただの日常会話」だったといいます。

武尊さんは「彼女に普段通りに接してもらえるのが一番ありがたかった。いつもの自分でいられる安心感がありました」と語りました。「格闘家」ではなく「一人の人間」として見てくれる存在がいた、ということが、どれほど大きかったか。

この話を聞いて、二人の関係がただの"芸能人カップル"じゃないと感じた方も多かったんじゃないでしょうか。


川口葵の性格|外見とのギャップが面白い

プロフィールや特技を見ると、意外な一面がいくつか出てきます。

おじいちゃんに「のんびり屋さんでマイペース」と言われている一方で、本人は「負けず嫌いで涙もろい」とも語っています。ほんとにそのとおりで、あの上品な佇まいの裏に、100社オーディションを諦めずに受け続けた強さがあるわけです。

書道6段というのも、「ふんわり美女」のイメージを一気にひっくり返す情報ですよね。あの継続力と集中力は、幼い頃からのものなんでしょう。

武尊さんも「壁を作る人間で、心を許した人にしか素を見せない」と語っていました。地球上で3〜4人にしか素を見せない武尊さんが、川口さんを選んだ。その言葉の重さが伝わってきます。


まとめ|川口葵という人物の「軸」

川口葵さんの経歴を追っていくと、ひとつの軸が見えてきます。「自分で選択する」ということ。

100社落ちても事務所を探し続け、一度ボンビーガールの出演を断ってから再び挑戦し、上京してメンズライクな服に出会い「これが自分だ」と気づき、ブランドを作った。武尊さんとの結婚発表では「夫婦支え合いながら、より一層お仕事に全力で向き合ってまいります」とコメントしています。

選択の連続が、いまの川口葵さんをつくっているわけです。

アパレルブランドの名前「LA VIE ELU(選択できる人生)」は、単なるおしゃれなフランス語じゃなく、彼女自身の人生観そのものなんでしょうね。


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